2026.04.04

これはプロの仕事なんですか?と聞かれた日のこと

30代、採用広告のコンサルティングの仕事をしていた時のことだ。

ある顧客から、こんな言葉を投げかけられた。

「これは、プロの仕事ですか?」

その担当者は迫力を持って、「ここをこうしたい」「これは違うと思う」と資料を用意して、議論してくれた。

持参した提案は、その場で突き返された。逃げるわけにはいかない状況になった私はその後とにかくその顧客のことだけを考え続けた。そうしてあらためて持っていった提案は、受け入れてもらえた。

今振り返ると、あの「これはプロの仕事ですか?」という問いほど、ありがたく、私を成長させてくれた言葉はなかった。
今の時代、きっとそんなことを面と向かって言ってくれるお客様は、ほとんどいないだろう。

一度、発注してうまくいかなければ、静かに別のベンダーに乗り換えればいい。黙って離れるほうが合理的だ。

しかも「プロなんだから」という言葉は、責任追及、詰めのフレーズとして受け取られやすく、ハラスメントだと捉えられてしまう。

しかしその結果、どうなっているのか。

こうした経験が減っていることは、決して小さな問題ではない。

かつては、仕事の出来を真正面から問われる場面があった。期待に届いていないことを指摘され、なぜ足りないのかを考え、やり直し、修正し、相手の求める水準に近づけていく。その過程で、「仕事の成果基準」が自分の外側にあることを身体で覚えていった。

しかし今は、その機会自体が失われつつある。うまくいかなければ、指摘される前に関係が終わる。何が足りなかったのか、どこを直せばよかったのかを知る前に、次の仕事、次の担当者へと切り替えられてしまう。社内においても、資料はデータで手渡すので、上司が指導のコストを考えて自分で直してしまう。

これらのプロセスで若い人は「なぜこの仕事は評価されたのか・されなかったのか」を深く考える機会を持ちにくくなる。フィードバックがないままでは、成功も失敗も、すべてが“時の運”のように感じられてしまう

そうして気づかないうちに、仕事の手応えや基準を持てないまま年月だけが過ぎていく。「自分は成長しているのか」がわからないまま、年齢を重ねていく人が増えていないか。誰も悪気はない。ただ、自分の内側の基準で仕事をしていて、外部に成果基準を持つ機会が減っているのだ。

最近は「プロフェッショナル」という言葉自体、使いづらくなった。けれど、そう言葉を避けたくなる今だからこそ、 本来、仕事において何が問われているのかは、 もう一度言葉にして残しておきたい。

私が考えるプロフェッショナルは、次のような人だ。

  • 再現性がある人

たまたまではなく、安定して成果を出せる。

  • 説明責任を果たせる人

なぜこうなったのか、背景や意図を言葉で説明できる。

  • 相手の期待値を超えようとする人

自分のアウトプットが、依頼者や顧客の期待を超えているかを客観的に見られる。

  • 他者と協働しながら成果を出せる人

思考と行動の積み重ねとして、再現性を持っているかどうかだ。そして何より、自分基準ではなく、相手の期待値を基準にしているかどうか。

厳しいことを言われなくなった時代だからこそ、自分自身が仕事から学び続けるための基準として。

私はこれを、ひとつの“プロフェッショナル像”だと思っている。