2026.08.17

自分で考え、実行責任を果たす機会の不足

お盆休みに、人材育成のコンサルタントや大手企業で管理職を務める方々と交流する機会がありました。
そこで共通して話題になったのが、「管理職の疲弊」です。

・部下の小さなミスや失敗を見過ごせず、自分でなんとかしまう。
・プレイヤーも兼ねているため、業務を抱えたまま部下育成マネジメントもしている。
・会議の進行、業務進捗管理、小さな確認や判断まで管理職に集中する。
・方向性はすでに決まっているのに、「これでいいですか?」という確認が何度も繰り返される。
・部下の強み弱みを把握して業務アサインしていたら、弱みの部分を全部自分がやるはめになった

さらに、日常的にケアやフォローが必要な部下も少なくなく、管理職自身がメンタル不調の一歩手前という話も珍しくありませんでした。

働き方改革や多様性の推進によって、個人の働き方は以前より尊重されるようになりました。
しかしその一方で、チームや組織全体が以前より幸せになっているかというと、必ずしもそうとは言えない状況が目に浮かびました。

その背景を考えた時に私がいつも思うのが、「多様性」が「キャリア自律」とセットで語られていないことにあると思っています。
それを言うと「ハラスメント」が怖いという管理職もいます。

しかし、それでは部下の業務目標達成まで管理職が被る場面が日常業務になってしまいます。

本来、多様な働き方とは、一人ひとりが自律的に動き、成果を出せることとセットになって、
初めて部門や部署の業務目標達成につながります。

配慮が増え「チームでカバーしましょう」と言いながら、考えることや成果への実行責任を担ってくれるのが
いつも同じ人に偏っている、という組織が増えました。
また、その成果への実行責任を果たせないメンバーばかりだと、結局その巻き取りは管理職がせざるを得なくなります。

この多様性のパラドクス、どうすればよいのでしょうか。

私が常日頃思うのは、管理職が疲弊する背景には、単なる知識不足や経験不足ではなく、
部下が「自分で考える機会」が失われているのではないか、ということです。
「上司が配慮してくれるのが当たり前」という前提が部下にもあり、
上司側にもあるとなると、部下は上司に考えることを委ねる、
上司も部下に負荷の高い仕事を依頼しづらいという構造が生み出されている気がしてなりません。

これはAI時代に恐ろしいことだと私は思っています。
AIは非常に優秀ですが、実は出てくる答えの質は仮説設定や問いによって大きく変わります。
例えば「採用が成功する方法を教えてください」という漠然とした問いには、誰にでも当てはまる一般論が返ってきます。
一方で「従業員100名の食品会社が新卒採用でコストをかけずに、採用計画を立案するには、どんな施策を打ち、何を優先すべきか」というように、
目的や理想の状態、現状の課題を踏まえた問いを立てれば、より具体的で解像度の高い答えが返ってきます。

これは人間の仕事でも同じです。筋の良い解を得るためには、筋の良い問いが必要です。
そしてその良い問いのためには、「何が理想なのか」「何を実現したいのか」という目的が見えている人ほど立てることができます。
目的やあるべき姿を考えるというのは、マネジメント思考の一つ。
しかしこれは、管理職だけに必要な力ではありません。

日頃から、
「もっと良いやり方はないだろうか?」
「そもそも、このやり方でいいのだろうか?」
「どうすればもっとお客様に貢献できるだろうか?」

と考える習慣の中で育まれる力です。

こうした問いを持つ人は、自ら考え、工夫し、学び、行動します。だから成長が早い。
一方で、問いが立たず、目の前の仕事をただこなしているだけでは成長に限界があります。

多様性が進み、人手が限られる時代だからこそ、組織には自律した人材が欠かせません。
誰かが考え、誰かが判断し、誰かが責任を引き受ける組織では、いずれその誰かが疲弊してしまいます。

だからこそ必要なのは、一人ひとりが目的を理解し、自ら問いを立て、周囲を巻き込みながら成果を生み出していく力です。

そして、その力は管理職になってから突然身につくものではありません。

若手のうちから、
「この仕事の目的は何か」「何をお客様は実現したいのか」「もっと良くする方法はないか」「どんな成果や期待があるのか」

と考える習慣を身につけることで育まれていきます。

これからの人材育成で本当に重要なのは、知識やスキルを教えることだけではなく、
自ら目的や成果を設定し、問いを立て、行動できる人材を若手、早期キャリアのうちに徹底して育てること。

そうした人材が増えたとき、多様な働き方と組織の成果を両立できる職場が実現するのではないでしょうか。